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文化財発掘調査情報

中世山城(ちゅうせいやまじろ)の発掘調査


発掘調査の風景

 野田町上名の市指定史跡 「亀井山城跡(かめいやまじょうあと)」では、平成19年度から国県の補助を受けて、教育委員会生涯学習課により発掘調査が行われています。


記号が線刻されている「須恵質陶器

 曲輪(くるわ)のほぼ中央部にあり、基壇(きだん)状に盛り上がっている地点の発掘調査では、肩部に細い棒のような道具で、焼く前に[記号]が彫られた陶器が出土しました。
 [記号]とは、一般的にはその陶器の所有者や使用される場所などが記されています。出土したこの陶器の記号は、一部が欠けているため全体の形状は不明ですが、漢数字の[十]のようにも見えます。
 薩摩は島津家の[十文字]が有名ですが、もしかしたら、ここに居城していた薩州島津家と関係があるかも?☆



 発掘調査は、本丸跡とされる曲輪内に「トレンチ」と呼ばれる試掘溝を合計16箇所設定して、人力により掘り下げて行われます。
 トレンチからは、さまざまな種類の遺物が出土しています。
 ほぼ全てが中世(鎌倉時代から安土桃山時代)とよばれる、亀井山城があったころの遺物です。
 主な遺物の種類としては、土師器(はじき)、須恵質陶器(すえしつとうき)、東播系瓦質器(とうばんけいがしつき)、青白磁(せいはくじ)、染付(そめつけ)などです。
 また、器種では、擂鉢(すりばち)類が多く見られるほか、甕(かめ)、壺(つぼ)、碗(わん)、鉢(はち)、皿などで、生活雑器が多く見られるようです。

灯明用皿?「土師器小皿

中世独特の文様のある染付碗

多くの種類の擂鉢(すりばち)



20基以上に及ぶ柱穴跡


炉跡と石敷遺構、柱穴跡

 多くの遺物のほかにも、「遺構(いこう)」と呼ばれる建物や当時の人々の多くが生活行動を行った跡も出土しています。
 曲輪の東側のトレンチでは、表土のすぐ下は地盤の地層になりますが、この地盤に建物跡とみられる柱穴(ちゅうけつ)を掘った跡が20基を越えて出土しました。柱穴跡どうしが2基以上組み合わされると、建物跡が復元出来るのですが、完全に建物跡を復元できる柱穴跡の組み合わせは、今のところ確認できていません。
 曲輪の北西部から南西部にかけてのトレンチでは、手のコブシくらいから人頭大の大きさの自然石を、集めたり、敷いたりした跡が出土しています。
 周囲や内部に焼け土や炭化物が見られる直径約40センチほどの炉跡(ろあと)が写真中央部に写っています。その炉跡から写真左側の部分には周囲に石が集められている様子が、また反対側には柱穴と思われる遺構が出土している様子がわかります。

 

20枚以上の土師器小皿が密集

 曲輪の西側のトレンチでは、焼け土跡やピットと呼ばれる土坑(どこう)、土器片が集中して出土した土器溜(どきだま)りなどの遺構が出土しました。これらの遺構群の中に、土師器の小皿だけが集められた遺構が出土しました。調査期間の最終時期で出土したため、再び埋め戻しています。詳しい調査は次回となります。